「わたし」とは…?
「わたし」は何者・・・?
人は誰しも、生まれた瞬間に
「わたし」というデザインをされて
生まれてきています。
ブッタも生まれた瞬間に
天地を指さして「天上天下唯我独尊」
とおっしゃったという
逸話が残っています。
「天上天下唯我独尊」
上下左右十方、地球、
宇宙どこをみても、
「わたし」という存在は、
たった独りで
一つしかないという、
このメッセージは、
まさに「わたし」というデザインを
されて生まれてきた
ということです。
弘法大師も「如実知自心」
(実のごとく自心を知る))
をもって悟りと言い切ります。
仏教では、
それを「本性を知る」
と言います。
今の世の中は、
「悩みや問題」や「幸せになるため」
の解決方法がたくさんあります。
でもいずれも「目標達成型」の積み上げ加点式で
「やりたいこと」ではなく
「やるべきこと」に埋め尽くされています。
そんな日々の中で成長しいくと、
いろいろなことがあり、
時間に追われ、常に頭は、忙しく考え続け、
常識やしつけ、教育、マニュアルなどで、
本来の「自分らしさ、
わたしのデザイン」を忘れ気づかずに、
心と体は疲れ果て、
その自分の使命をも忘れ
「感じること」
さえもしなくなります。
あなたが本当に手に入れたいものは、なんですか?
愛、勇気、優しさ、思いやり、
安寧と多くの方は答えます。
でも実際に求めて来たことは、
権利や自我の主張、
「成功」であり「お金」であり
「地位」や「名誉」だったりしませんか?
「いま、わたしがしていること」は、
本当のことではないかもしれない。
本来の「わたし」と「いまのわたし」は、
違うのかもしれない。
やればやるほど、苦しくなり、楽しくない。
人は、そのギャップに悩み苦しみ始めます。
私たちは、
過去や未来に意識が囚われているとき、
「今」という目の前で起こっている体験を
見逃します。
スマホみながら食事をしていれば、ただ機械的に流し込んでいるだけで、
どんな味だったのか、
何が入っていたのか、
この食に美意識をもって
向き合うこともしません。
これは、食事だけに限らず、
常に「何か」に、
気をとられながら毎日を過ごしていませんか?
そこには本当の「わたし」は、
存在していません
毎日ヘトヘトになるまで頑張ったり
悩んだりしているならば、
それは「わたし」本来のデザインに気づき、
五感を磨きリセットしていかなければ
答えは見つかりません。
減点主義、
あきらめた時に大きなことも見えてきます。
非常識のすすめ、
頑張らなくても良いのです。
あなたを
「ゼロポイント」にすると
何が見えますか?
あなたの「starting point」は、
なんでしたか?
中央に現れる雲は、
弘法大師が大切にしていた、
音波の波形を、やはり大切にしていた書道で表現することを
イメージしてつくりました。
D &Iの時代に、
七色の多様性と、
雲のような囚われない生き方照らす太陽。
そして、
中心には
「わたし」「居場所」
の象徴である、
iの文字が埋まっています。
多様性と調和の時代。
「わたし」を見失わないようにしつつ、
「居場所」のなかで、
孤立しないような生き方を。
すべてのことには意味があります。
単なる偶然を超えた不思議な出来事を
「共時性」と言います
多様性の時代と言われ一人一人が、
不思議な繋がり支え合いの中で
自らの美意識と感受性を高め、
「祈り」と共に
「共時性」体感をしていきます。